井ノ上 逸朗教授
国立遺伝学研究所 教授

成人発症II型シトルリン血症(CTLN2)に関与する分子メカニズムの研究

シトリン欠損症(CD)は、ミトコンドリア輸送体であるシトリンをコードするSLC25A13の機能喪失型変異によって引き起こされる代謝性疾患として長い間確立されていました。シトリンは解糖、糖新生、尿素生成などのさまざまな代謝経路に関与しているため多様な症状を呈し、また新生児肝内胆汁うっ滞(NICCD)、成長障害と脂質代謝異常を伴うFTTDCD、および成人発症II型シトルリン血症(CTLN2)の原因となります。 NICCDとFTTDCDは適切な食事療法と栄養療法を実施することで軽減できると考えられますが、急性高アンモニア血症を特徴とするCTLN2の症状は、患者に重度の脳損傷を引き起こす可能性があり、一般的に予後は不良です。 CTLN2は、肝臓のアルギニノコハク酸シンテターゼ(ASS1)タンパク質の発現の大幅な低下に関連し、アンモニアを解毒するための重要な経路である肝臓の尿素回路の機能不全につながることが示唆されています。CTLN2においては興味深いことに、肝臓のASS1タンパク質は大幅に減少しているものの、そのmRNAレベルの発現は完全に正常であり、これには翻訳または翻訳後の調節メカニズムが関与している可能性があります。

我々はCTLN2患者におけるASS1タンパク質の減少の根底にある分子メカニズムに焦点を当てこの現象の解明に努めます。この調査にはSLC25A13をノックアウトした肝細胞株(Huh-7、HepG2など)CTLN2 in vitroモデルの使用を検討し、まずポールM.イェン博士からご提供いただくSLC25A13ノックアウトHepG2細胞株を導入する予定です

研究目標

  1. 過去のCTLN2患者の肝臓組織のRNA-seqおよびmiRNA-seq分析データに基づき、ASS1の翻訳に特異的に結合、抑制することができるASS1ターゲットmiRNA候補をスクリーニングします。また、SLC25A13ノックアウト細胞株でリボソームプロファイリングを実行し、シトリンの欠損から生じる全身の翻訳調節の状況の理解にも努めます。

SLC25A13ノックアウトHepG2細胞でmRNAおよびmiRNAシーケンスは既に実行済みで、野生型と比較した全体的なトランスクリプトミクスの変化の調査も終了しています。遺伝子とmiRNAの発現プロファイルをCTLN2患者の肝臓組織サンプルの既存分析データと比較し、細胞モデルの評価を行うのは可能であると思われます。我々は(a)候補miRNAの過剰発現および(b)SLC25A13ノックアウト細胞モデルにおける内因性miRNAの合成サイレンシング(抑制)により、推定ASS1ターゲティングmiRNAの機能評価を行い、ASS1タンパク質発現への影響を評価することを目指します。

同時にASS1タンパク質の低下が翻訳中の阻害によるものかどうかも調査します。これにはリボソームフットプリントプロファイリング法(Ribo-Seq)により包括的な説明が可能です。CTLN2モデルの全ゲノム翻訳規制の展望は細胞トランスラトームからの情報を一致するトランスクリプトミクスデータと組み合わせることにより得ることができます。

  1. ASS1タンパク質の低下に影響を与える可能性のあるSLC25A13ノックアウト細胞株の特定の培養条件を研究します。これは、in vitroモデルで臨床CTLN2状態を再現するための重要な表現型になります。この後、ASS1タンパク質の特異的低下を起こす分子相互作用/修飾を調べます

CTLN2患者における肝ASS1タンパク質の減少に関する1つの仮説としては、急速な低落を指示するある特定のタンパク質修飾の存在が考えられます。もしそうであれば、タンパク質の結果的な運命を決定する上で細胞環境は重要な役割を果たすことになります。ASS1は尿素回路への流動を制御する細胞質ゾル酵素であるため、ASS1は細胞環境の変化に敏感で反応するはずです。細胞質 NAD+ / NADHは、CDのリンゴ酸-アスパラギン酸シャトルの阻害で低下することが示されているため、SIRTやPARPなどのNAD +依存酵素の活性の乱れは、ASS1低下への関与をさらに調査するための興味深いターゲットとなります。

  1. 全ゲノムシーケンス(WGS)を使用して、成人期のCTLN2発症のリスクに影響を与える可能性のある遺伝的背景の影響を研究します

CD患者の約10%がCTLN2を発症しますが、これはこの単一遺伝子障害の浸透度が、遺伝的および環境的な別の要因でも大きく影響される可能性があることを示唆しています。我々は遺伝的変異の背景がCD患者の成人期のCTLN2発症のリスクに影響を与える可能性があると仮定し、WGSやCD患者間のバリアントプロファイルの比較を行います。

(2021年 9月 更新)