佐伯 武賴 名誉教授
名誉教授 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科衛生学・健康増進医学

研究実施の現状

緒言

シトリン欠損症はシトリン(肝臓型ミトコンドリア膜アスパラギン酸グルタミン酸輸送体2)の欠損症であり、遺伝子はSLC25A13です。シトリンは、細胞質で行われるタンパク質、ヌクレオチド、尿素の合成、リンゴ酸アスパラギン酸シャトルのメンバーとして解糖系に、さらに乳酸からの糖新生にと多彩な代謝過程に重要な役割を果たしている。そこで、その欠損は新生児肝内胆汁うっ滞症(NICCD)、成人発症II型シトルリン欠損症(CTLN2)、脂質代謝異常症を伴う発育障害(FTTDCD)、さらに膵炎、NASH、肝がんなどの多彩な疾患を起こす。佐伯らはシトリン欠損症という新たな疾患概念を打ち立てただけでなく、シトリンとミトコンドリアグリセロール3-リン酸脱水素酵素のダブル欠損(Ctrn/mGPD double-KO)マウスを確立した。このシトリン欠損モデルマウスはシトリン欠損症の病態生理学解明に役立つのみならず、効果的な治療薬の発見に役立っている。本研究プロジェクトではさらに現在不明な病態生理学の解明と新規治療薬の発見を目指した研究を行っている。

研究プロジェクトの現状

  1. 高アンモニア血症モデルの確立
    ショ糖(Suc; 4g/kg体重)あるいはエタノール(5% EtOH; 20ml/kg体重)とともにグリシン(Gly; 20mmol/kg体重)を経口投与することによって新たな高アンモニア血症モデルを確立した。Glyの投与は野生型マウスにおいても血中アンモニアを上昇させ、さらにCtrn-KOおよびダブルKOマウスではSucあるいはEtOHの同時投与によって高アンモニア血症は増強された。その結果、ダブルKOマウスではGly+Suc投与によって血中アンモニア濃度は1000 mg/dlを超えるまでに上昇した。本高アンモニア血症モデルは、シトリン欠損症治療におけるアミノ酸、MCT (中鎖トリグリセリド)、ピルビン酸ナトリウム、その他の効果検定に非常に有用であった。我々は本モデルを用いてアスパラギン酸(Asp)が有効物質であること、並びにその作用機構を解明することができた。セリンはGly と同様の高アンモニア血症誘導作用を持つと考えられる。
  2. マウス餌滅菌の影響マウス固形食CE-2のオートクレーブ滅菌操作はダブルKOマウスの症状の重症化をもたらした。滅菌処理したCE-2を与えられたダブルKOマウスは無滅菌CE-2を投与されたダブルKOマウスに比べ、血中アンモニアが高く成長期での体重増加が遅かった。このことは食品および食品の料理法などがシトリン欠損症の病態生理に影響を与える可能性を示唆しているが、食餌中の何がこの変化を起こしているのかはまだ不明である。これまでにオートクレーブ滅菌によって減少することが知られているビタミンCやビタミン混合、リジンなどの投与では滅菌の影響は回復しなかった。
  3. 肝灌流実験マウス肝灌流実験を用いて塩化アンモンを基質とする尿素合成においてアラニン(Ala)が尿素合成を活性化することを明らかにしたが、Aspは効果がなく、Aspの効果に関してin vivo(生体内)とin vitro(試験管内:肝灌流)の違いを浮き彫りにし、アミノ酸代謝における臓器相関の重要性を提示した。また、Alaは灌流液中の乳酸/ピルビン酸を低下させたが、Aspにはそのような効果は観察されなかった。
  4. 高アンモニア血症治療に最も有効な物質我々はすでにGly+Sucによって上昇するダブルKOマウスの血中アンモニアを正常化するアミノ酸、およびその作用機構について結果を得ている(論文投稿中)が、その詳細については論文の受理の後に。明らかにする。
  5. 肝アルギニノコハク酸合成酵素(ASS)の低下我々は肝ASSが低下する機構にはマイクロRNA(miRNA)が関与していると仮定している。現在、CTLN2患者肝からRNAを調製し、その機能解析に必要な、分子遺伝学的な修飾を加えたHepG2細胞の作製準備を整えている。
  6. 脳内因子我々はストレスまたは食欲抑制に関わる神経ペプチドがダブルKOマウス視床下部において発現が上昇していることを見出している。しかしながら、最近の我々の解析では血漿中の神経ペプチドのレベルに各種マウス間には差がない、という結果を得ているので、視床下部での遺伝子発現の詳細な解析を行う予定である。
  7. 生体レベルでの尿素合成速度測定生体内で尿素合成が阻害される条件を明らかにする目的で、安定同位体である15N塩化アンモンや13C酢酸ナトリウムを用いてマウス生体レベルでの尿素合成速度測定を開始した。この研究では、経口的に安定同位体を含む尿素前駆体を投与し、血中の15Nまたは13Cでラベルされた尿素をガスクロマトグラフィー・マススぺクトロメーター(GC/MS)で検出し生体内の尿素合成速度を測定する。これまでのマウスの実験では15N塩化アンモンのほうが13C酢酸ナトリウムよりも測定に適するという結果を得ている。本法はCTLN2患者における肝ASS低下の検出に有効と考えられ、またその低下した活性が薬剤やサプリで回復するかどうかを、手術で取り出した肝臓や肝生検などを用いずに行うことができるので非侵襲的であり、有効と考える。今後は15N-Alaまたは15N-Aspを用いる予定である。
  8. PSTI (Pancreatic secretory trypsin inhibitor)PSTIはCTLN2患者の血漿または血清中で増加しこれはCTLN2発症の前兆現象として有用と考えられている。私たちはシトリン欠損症患者の病状の把握、並びに薬剤等の効果判定に役立つと考え、PSTI測定の準備を整えている。
  9. 高アンモニア血症発症機構これまでに私たちは、細胞質NADH/NAD+比の上昇が細胞質でのAspの生成を阻害することによって、ASSの段階を阻害し、アンモニアの蓄積をもたらすことを示してきた。現在、他の機構としてGlyの分解がGly開裂系を活性化することによってアンモニアの産生を増大している可能性を探っている。すなわち、Gly開裂系の活性化でアンモニアが生じ、これがつぎにはグルタミン分解酵素(glutaminase)を活性化し、さらにATPの減少、ADPの増加によってグルタミン酸脱水素酵素の活性化を起こすことによってアンモニアの産生増大がおこっていることが考えられる。
  10. iPS細胞由来肝細胞の研究本研究課題は、iPS細胞からの肝細胞への変換が十分には行われていないと考え、ヒト肝がん細胞であるHepG2細胞の遺伝改変によるモデル作成を考えている。すなわち、HepG2細胞のシトリン遺伝子を破壊し、さらに尿素サイクル酵素であるornithine carbamoyltransferaseとarginase を強制発現したヒトシトリン欠損症モデル細胞を構築する。本細胞は肝ASS低下の機構解明に使用される。私たちはまた、シトリン欠損モデルマウスの肝臓から分離及び初代肝細胞の作製を目指している。私たちはこれまでにCtrn-KOマウスからの肝細胞の培養は野生型マウスからの培養に比べ何らかの問題があり、困難であることに気づいている。この困難を解消する薬剤・化学物質を見出し、この技術を、修飾したHepG2細胞の培養にも応用することを考えている。

(2018年8月 更新)